今年10月に就任した岸田文雄首相が経済政策の柱として掲げる「成長と分配の好循環」。
自民党総裁選時より主張を続けてきたこの経済政策は、主にコロナ禍で疲弊を続ける日本経済の回復と改めて浮き彫りとなった経済格差の是正、そして中間層の復活が目的とされます。
中でも多くの国民が強い関心を寄せるのが、直接的に生活へと影響を与えるであろう「分配政策」ではないでしょうか。
岸田首相は先月、18歳未満の子どもや事業主への給付金支給のほか、大学ファンへの資金投入や次世代の科学技術事業に対する補助金の支給など、過去最大となる55.7兆円の財政支出が盛り込まれる経済政策を発表。
いくつもの具体的な「分配政策」も発表された一方で、実現には至らずに大きな注目を浴びた政策もあります。
そのひとつが「金融所得課税の強化」です。
分配政策の財源確保のため、首相就任前から意欲を示していた「金融所得課税の強化」は結局、与党の税制改正大網に「検討が必要」と位置付けられるにとどまり、実施の可能性は2023年以降に持ち越されることになりました。
これは、市場関係者や経済界からの反発が影響したものと考えられます。
では、なぜ「金融所得課税の強化」は反発を受けることになったのでしょうか。
金融所得課税とは?
まずは、金融所得課税とはどういった税金なのかみていきましょう。
金融所得課税とは、株式や投資信託、預金などの金融商品で得られた配当金、株式譲渡益、利子といった所得に対して課される税金のことです。
現在の税制では、金融所得に対する税率は、どのような金融商品であっても一律20.315%。その内訳は所得税15%、住民税5%、復興特別0.315%であり、利益が100円単位でも、数億円単位であっても税率が変動することはありません。
金融所得課税強化が反発を受けた理由
岸田首相が掲げた「金融所得課税強化策」の検討案は、現行の20%の定率課税から一律での引き上げ、もしくは所得税などと同じように累進的に課税するといったようなものであり、基本的には富裕層課税の一貫であると考えられます。
ただ、一律での引き上げはさておき、仮に累進課税が導入されるとどうなるのでしょうか。
考えられるのは、金融商品の市場における値動きの不安定化とそれに伴う価格形成の歪みです。
市場では、金融所得課税が平等だからこそ公平に保たれているといえ、仮に投資家それぞれの税率が異なるようなことになれば、金融商品の売買の決断に市場要因以外の要因が考慮される可能性も生じ、結果として価格形成の透明性が失われることにもつながると考えられるわけです。
このような「適切な市場運営の崩壊」に対する懸念が、市場関係者からの反発につながったといえます。
もうひとつ懸念されるのは「中間層に対する大増税」の可能性です。
そもそも金融所得課税強化策は、高額な金融所得を受け取っている富裕層に対しての増税を目的に検討が進められてきた政策です。
しかし、実際に金融商品を保有して利益を得ている人の大半は中間層のサラリーマンであるといわれています。
したがって、金融所得課税が強化されるようなことになれば、ただでさえ税負担の大きい中間層にとっては、生活への打撃になることは必至であるとともに、政府が進める「貯蓄から投資」にも水を差すことにもつながりかねません。
岸田首相肝いりの政策のひとつであった「金融所得課税強化」は、以上のような、適切な市場運営の崩壊と将来につながる資産形成への足枷になるとの反発や不満の声の高まりが大きいと判断し、保留にいたったと考えられます。
平等な「分配政策」への期待
しかし、経済格差の是正を掲げる経済政策を実施する以上、「金融所得課税の強化」ではなく、「金融所得課税の改正」には期待したいものです。
というのも、仮に1000円の配当金を得る人と1000万円の配当を受ける人の税金が同じであることは明らかに不公平だという声が挙がっているのも事実であり、平等な「分配」の財源を確保するには、やはり富裕層の所得からの税収増を狙うべきであるというのが国民の共通意識なのではないでしょうか。
そこで期待したのが、所得税や金融所得課税に分けて税金を課す「分離課税」の廃止と、所得税と金融所得税を合算して課税する「総合課税」の導入です。
そもそも日本では、社会保険料に負担上限が設けられていることから、年収1億円を境に税・社会保険料の負担率が小さくなる、いわゆる「1億円の壁」が存在するために、現行の税制は、あからさまに富裕層に有利なものだといえるのです。
この不平等性の解消のためには、富裕層の金融所得にとどまらず所得全体に応じた課税が求められるのは当然の意見といえるのではないでしょうか。
一旦は、持ち越しとなった「金融所得課税の強化」ですが、今後どのように議論され、平等な「分配政策」につながる改正へとつながるのか。注視していきたいものです。